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イカ釣り漁の現状

イカ釣りといえば沖にちらつくイカ釣り船のいさり火がよく知られるところだが、イカ釣り漁の旅情的な光景が近い将来、日本の海から消え去るかもしれない。長引く燃油高騰が続きイカ釣り漁の漁業経営を圧迫、特に夜間集魚灯を使って操業するイカ釣り、サンマ棒受網が大きな打撃を受ける中、水産庁などはイカ釣り漁の発電燃料を大幅に削減できる発光ダイオード(LED)を使った集魚灯の開発を進めている。イカ釣り漁の漁船の集魚灯を青色発光ダイオード(LED)に切り替える水産庁の実験が本格化し、07年度から実用化に動き出したからだ。関係業界団体、開発事業主体の代表者らによるLED普及協議会が発足。函館の漁業機械メーカーも独自の研究に乗り出した。イカ釣り漁船の省エネや労働条件の改善は進むが、歌に採り上げられるような風物詩が減っていくのは少々寂しいものだ。イカ釣り漁業は「いか角(つの)」と呼ばれる疑似餌でスルメイカやヤリイカを釣る漁業です。スルメイカは大陸棚の上,水深50〜120ヒロ(75〜180m)のところで釣ります。イカ釣り船では人の手で釣り上げるほかに「イカロボ」という自動いか釣り機を積んで操業します。1本の糸には25個程度の疑似餌がついています。スルメイカは1尾200〜400g。多いときで300〜500sも釣れることがあります。ヤリイカはスルメイカに混じることがありますが、高値で取り引きされるため、時期によってはヤリイカを専門に狙うこともあります。

イカ釣り船で働いてみる?

イカ釣り漁の中でも大型イカ釣り漁船となると規模が違う。船は200〜500トン。巨大な遠洋マグロ船の倍はある。船首から船尾まで70メートルというのだから、とにかくデカい。乗組員は平均23人。船の規模のわりに少ない人数だが、その理由はイカを釣るのが完全に自動化されているからだ。1隻の船に、この自動イカ釣り機がダブルで53台もあるのだからスゴい。いざ漁場に着くと、このイカ釣り機がフル稼働。機械がガンガン釣ったイカを乗組員が選別、1ケース8.5〜11.5キロという冷凍パンに丸ごと詰めて急冷室に運び込んだり、開いて腹ワタを抜いたりする。まるで、海に浮かんだ巨大な加工工場だ。、就職希望者に参考のため記しておく。15歳以上の健康な人なら誰でもOK!(18歳未満は父母の承諾が必要)漁は夜8時〜9時に本格化して、翌朝4時〜5時に終了する。準備にかかる時間を入れると12時間くらいになる日もあるが、休憩を交代でとるようにしている。12月末に出港し、翌11月の末に日本に帰ってきて、1ヵ月休みというパターンが多い。地域や会社によって、多少の差があるので、事前によく話を聞いておこう。船員保険(健康、厚生、雇用を含む)完備、災害補償、退職金制度、保養施設、作業着や漁具は貸与、家族への援助制度あり、停泊中は陸上の宿泊施設を用意。船がデカイだけに船内の設備も充実している。将来、幹部になるためには海技免状の取得が必須条件。海技免状取得のための講習会参加や海技試験受験の際の助成などもある。○就業条件は、地域、船会社、漁獲量、漁獲物の市場価格、そしてあなたの資格の有無によって大きく変動します。

イカ釣り漁の匠

イカ釣り漁はもともとは佐渡が発祥の地と言われており、江戸時代の初頭にすでにスルメとして中国へ輸出されていました。一方、北海道でのイカ釣り漁は天明年間の記録にもあり、松前や江差の近くで行われたものが、わずかですが長崎経由で中国へ輸出されていました。函館近海では開港に伴って、イカ釣りはやや盛んになり、漁師、漁具、漁法はいずれも佐渡から函館に伝えられました。イカ釣りは「山手」あるいは「トンボ」と呼ばれる道具でイカ釣りをしましたが、この漁法に精通している佐渡の漁民は水揚げの面でも地元を圧倒していました。慶応元年(1865年)に函館駐在のイギリス領事が「前年度に少量のイカが佐渡島から函館に運ばれてきて、品質がたいへん良いといわれており、イカ釣りは将来の見込みも十分である」として佐渡から函館へ輸出のため持ち込まれていると、本国に報告した記録があります。モノとともにヒトも函館に出稼ぎに来ていたようです。イカ釣り漁は函館の漁師よりも佐渡方面からの出稼ぎのほうが多く、明治20年半ばの調査ではイカ釣り漁の漁夫は函館の850人に対し、道外からは3200人と地元の4倍にものぼっています。函館新聞にはこうした出稼ぎ漁のことが頻繁に報道されています。それによればイカ釣りは佐渡を始め、越後、越前から川崎船と呼ばれる船に10〜14人ほど乗り込み9〜11月ころまで市内に家を借り漁をしていたようだ。

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